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■白杉家の古い民家のこと −築道のすすめ−(5/6)/中谷 礼仁■

●「指一本」を何に使うか

さて私たちの目の前にあるのは「指一本」、要は一〇〇〇万円である。現状写真からみて、もし土台に問題がなければ、軸組の部分的な調整や、水回りの整備、建具、居室のある程度の整備ぐらい行ってもおつりがでるだろうと予想した。

また今回、当方は一切線を引かない。線を引き直すようなことは古民家では繊細な注意がいるので、とにかく従来の軸組を尊重して、必要であれば柱などを追加する方向で考えるようにした。屋根の葺き替えや、他の離れの整備までは不可能だろう。白杉さんは土蔵を趣味のオーディオルームにしたかったらしいのだがそれはまたいずれということで聞かなかったことにした。とにかくそんな見当をつけて大阪から三時間ぐらいの風光明媚な山間部の敷地に到着した。なるほどなかなか大きい敷地で、格安である。

ちょっとばかり気になっていたことが案の定的中した。それは家の裏の湧き水のことである。雨が降ると井戸で溜め込んでいる量を超えて家の裏一体に水が吹き出ていたのだ。一見して古民家裏の小庇が垂れている。その部分の柱は根元からやられていた。さらに悪いことにその水を逃していた母屋と厩の間が、戦後行われたへっつい追放運動の負の遺産なのか、モルタルで完全に塗り込められていたのである(写真1)。その下で何がおこっているか考えるだに恐ろしい。ただちに母屋のザシキの畳をはいで、縁の下に逆さに頭を突っ込んでみる。すると幸いにも土台は一回大きく交換されており(おそらく湧き水のせいなのであまりうれしくはないのであるが)、先の庇下以外はそれほど問題はない様子である。古民家は100年目ぐらいだろうか、人間でいえば壮年期ぐらいで先の問題を除けばそれほど問題はなかった。ただいずれにせよ施工には施工手順の詳細を検討する必要があるということになって、次の打ち合わせまでに、大工をそろえること、そして当方からはこの手の改修のエキスパートの学者一人を京都方面から連れてくることを決めた。その大工にいきなり〈やってはいけないこと〉を伝授し、すぐさま仕事に取りかかれるようにしたのである。幸い白杉夫妻の夢に共感した大阪の若い大工がいるという。すぐにその場で当方の携帯から電話し京都方面の「エキスパート」と交渉、次回の検討日を決定した。そのエキスパートには交通とは別に見当料3万円を用意しておくように夫妻に依頼した。当方もここまでで3万円もらった。またこの家がうまく住みこなせた曉には毎年お歳暮を贈っていただくことを約束してもらった。



●役者がそろうと話は早い

第二回目の現地見聞では、当方と白杉夫妻の他に、若い大工と当方が招聘した京都方面のエキスパートがいた。エキスパートと若い大工が軽い身のこなしで小屋裏に上る。サス組の大きな空間が現れる。彼らはその全体を見渡せる梁に座り、大きなサーチライトを持って、あそことこことを云々…などと打ち合わせている(写真2)。その次には問題の湧き水のまわりに行き、下屋庇全体の取り替え、湧水の新しい排水路の道筋、その道筋と家の際との関係、モルタルで完全に密封されてしまった母屋と厩との間の扱いを話し合い、方向性を決めて行った。これにてその日の作業は終了。若い大工も問題点は把握したようであった。その後、当方は一回ほどその大工の作業途中に覗かせてもらった。ちょうどモルタルで密封された土間部分に隣接した土台を新しくしているところであった。すでに白杉夫妻も現地になじまれておられる様子である。ぎすぎすした雰囲気はどこにもなかった。

その後かならずお歳暮が贈られてくるようになった。約束ではうまく行っていればもらえるとのこと、だからおそらくうまく行っているのだろう。というわけで、今年の五月の連休を利用して、もうだいぶ進んでいるだろう三年目の白杉家にお邪魔してみることにした。



[写真1]
母屋と厩の間


[写真2]
エキスパートと若い大工の打ち合わせ


[写真3]
白杉家の外観


[写真4]
白杉家の室内