『作庭記』(さくていき)

図版:毛起寺
著者:不明 成立年代:不明 写:1289

<概要>

『作庭記』の最も古い写本は金沢の谷村家所蔵であり、奥書に「正応第二(1289)」と書かれている。この作庭書の特徴的な点は当時の王城の相地にあたって、もっとも重視された四神相応観が庭作りの上でも重要視されており、さらに陰陽五行説に基づく理論化が極めて伺える。また王朝の住宅建築様式である寝殿造りを前提とした説明がなされている。このことから本書の成立は平安時代末期と考えられ、我が国最古の作庭書であるとされている。その内容は、前半において立石の概要に始まり、島・池・河などの様々について論じ、滝を立てる次第、遣水の次第を詳述している。後半においては立石の口伝に始まり、その禁忌を具体的に論じ、ついで樹・泉について述べ、最後に雑部として楼閣に触れている。著者については、『作庭記』(田村剛、相模書房、1964年)において森蘊氏、さらに太田静六氏などの研究を統合して、その由来と伝承を明快に論じ、橘俊綱一人にしぼっており、現在の学界の到達した定説である。上記のような特徴を持つ『作庭記』は、造園史家の中でも最もよく研究されている作庭書である。

<データ>

『作庭記』原文データ (Microsoft Word 形式)

『作庭記』現代訳データ (Microsoft Word 形式)

*口語訳について

口語訳は精訳ではありません。あくまで原文を読む助けとなるために作成しました。
また、意味が不明・現代訳に変換出来なかったものは誤解を避けるため下線を記しておきました。
あらかじめお断りさせていただく事をご了承下さい。


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