世界建築史ゲーム

今回は中谷による建築史授業の実際を紹介させていただきます。名付けて世界建築史ゲーム。西洋建築史の授業の第1回めにやることにしています。ちなみに相手は大学2年生です。いかに簡単に根っこ的なことを説明するかが大事なわけです。



●世界建築史ゲーム -100枚の出所不明のカード
まず100枚の出所不明の建築らしきものが描かれたカード(図)ともにこんなルール説明を行いました。



建築史I・第1回目・世界建築史ゲ-ム

ある日、世界が破めつして世界中から歴史の確たる痕跡が消えてしまったとしなさい。いや、話はそんなに大きくなくてもいい。ある日、小さな地震があって世界の建築を集めた本が落っこちて、ぺ-ジ がばらばらになって、おまけに何枚かなくなってしまったとしなさい。
ぺ-ジの順序がわからないので自分で、うまいようにそれをつなぎあわせるしかない…。
ル-ル)
1:用意したおよそ100枚のカ-ドから好きなカ-ドを2枚選びなさい。(複写すること)
2:A3の工作用紙に2枚のカードを貼りなさい。左を古いものに、右を新しいものに設定する。(別に並べ方の基準を考えてもよい)

3:はったカードの間に、自分でさがして2枚のカードをより明瞭に関連づけるもう1枚のカードを貼りなさい。自分に都合のよいようにイメージをつくってもよい。

4:3枚のカ-ドを関連づけて世界建築史を作ってみなさい。以上
堤出日)1999年4月19日授業中
優秀作品発表日)1999年4月26日授業中



●種明かし
はじめに種明かしをしてしまうと、まずここでは歴史という概念そのものについてのかなり基本的な定義を試みました。歴史が単なる教科書的な記述ではなく切実な問題として意識されるためには、ぜひともこれが必要に思えたからです。つまり歴史とは…、
定義)少なくとも二つ以上の事象の間に発生する、想像的な時空のことである。

というのが基本線です。これに気づくにはまだ世界が実証されていない、最初期の建築史学者のつもりでさまざまな事象に立ち入ってみるのがいい。これをシミュレートするのがこのゲームの目的です。

●伊東忠太の発見について
以前から私の興味の歴史的対象として日本の建築史の創始者といわれる伊東忠太(1867-1954)という人物がいます。特に彼が法隆寺の源流を見つけるために敢行した世界実見旅行(1902-1905)は有名です。清朝からはじまり、ビルマ、インド、トルコ、エジプトなどアジア各地を経て、ギリシャ、ヨーロッパへといたる旅行は、法隆寺建築の仮説を自ら実証していく旅として、伊東の絶頂期を物語っています。さて法隆寺の仮説(まだ説明していませんが)は、まさしくこの2枚のカードから導きだされたものでした。一つはパルテノンを代表とする古代ギリシャ建築、もう一つは奈良の田舎で忘れ去られていた法隆寺です。

ギリシャ・パルテノン神殿と法隆寺・中門の軒下詳細


今更言うまでもない有名な話ですが、彼は法隆寺にギリシャ建築の柱の膨らみ(エンタシス)と同様のデティールを発見し(ほかにもいろいろあります)、後進国の崖っぷちの国に位置する法隆寺に世界を覇権するヨーロッパの「起源」のパルテノンとの遠い関係性を見たのでした。先に述べた彼の仮説とはこのことであり、伊東は両者のつながりを実証する間の発見に出かけたのが、世界旅行だったわけです。幸運にも伊東はこの旅行で本当にその間を発見してしまいます。雲崗の石窟ではギリシャから日本へと様式が伝搬する中途のプロセスらしきものが刻まれていたのです。こういうドラマティックな歴史学は、その後のさらなる展開により次第に蚊帳の外になり、伊東忠太も今では変人扱いとなっています。

●カードの置き方について
さて伊東忠太の話は、あまりにも有名なのできっと退屈されたでしょう。でもここから面白いテーマを見つけることができます。それは歴史的事象の発見の順序、つまりカードの置き方の問題です。普通、歴史の教科書の記述は古いほうから新しいほうへと書かれます。しかしながら、伊東の例を見るかぎり、歴史の発見はそのように整序立ててなされるわけではない。考えてみれば、はじめから年代も未確定なものを扱い、これから整理(時間的な配列の物語)をしようというわけですから、あたりまえです。つまり歴史学のはじめには、AからZへといたるルールも確立されていないし、そもそも時間の配列を決定する契機は対象とそれを読解する現場にこそあるわけです。つまりAにくるもの、そしてZにくるものはその歴史的パースペクティブが発生する以前には、もっと別の記号(つまりこの文字というものでは表せないもの)を宿している。これは重要な点で、おそらく歴史もこの地点に立てば、その前的機構というのが明らかになってくるはずです。つまりたとえばこの模式図のようにしてこそ、歴史的事象は次第に整除づけられてくるわけです。

この配列の順序は、歴史的思考を考えるのにさまざまなヒントを与えてくれます。たとえば新しいZはどう発見されるのかとか…。

7.歴史のパラメーター
かのようにばらばらな事象を時間的に整除づけるには、もちろん何らかの初期ルール(パラメーター)が必要になってきます。つまり伊東が法隆寺とパルテノンを全く「偶然から選んだ」わけではないように(そんなことできるわけありません)、彼の目的には日本に存在する建築物を世界的な存在に仕立てるという初期目的があったわけです。つまりここでの彼の想像上の時空のパラメーターは、当時の世界地図、あるいは近代国家的枠組みだったわけです。この国家という枠組み(パラメーター)は、歴史学のいちばん基本的なものでしょう。日本史、世界史、東洋史、近代アメリカ史などなど。
しかしながら古代からのアメリカン・インディアン(この名前も象徴的だ)と現代のアングロサクソンが支配する国家をつなぐアメリカ建築史が書かれたためしがないように、国家も一つのパラメーターに過ぎないのです。つまり歴史のこまー事象ムカードはもっと可変的であった。複数の要素が見いだされ、新しいパラメーターが次々に発見され、新しいネッ卜ワ-ク(論理)が次々に発生します。

ちなみに今回のゲームにおいて発生するパターンの理論値は、 100 X 99 = 9900通りです。

ところがです。問題はこれから。いかに種類が増えようとも、そこに妥当な道筋をつけようとするときの物語は、多くて5、6個の種類にしかならないんです。いわゆるヘーゲル的な時代精神のほかにも、素材や、技術や、形態発展の法則などの切り口がありました。
学生達の間には、知らず知らずの間にステロタイプの歴史観が身についているとも言えるし、あるいはどんなに種類が増えようとも、それを認識する側の限界によって人間社会が保たれているとも言えます。



●学生からのレスポンス
では最後に提出された学生作品を紹介します。
一つ作成過程が面白い作品を掲載しましょう。この作者は授業に出席せず、後から課題が出たことを知って急いで研究室を尋ねてきた人物です。不幸にももうカードが4枚しかなくて、私のいたずら心も働いて、インドにある岩をくりぬいてつくられた寺院とミースファンデルローエのフリードリッヒ街の高層建築プロジェクトというほとんど脈絡のない2枚を与えてみることにしました。結果的に作者は、その間をつなぐものとして、アイルランドのダンルース城を採用して、建築の発展過程を土地からの遊離の過程としてそつなくまとめていました。今回はこのくらいで。